[ 2012.07.27 ]地下発電所
2012年6月27日 第20回 地下発電所集会室の報告
ゲストは読売新聞大阪本社の元論説委員の永井芳和さん。以下にお話を要約する。
私は1948年生まれの全共闘世代で、大学時代の専門は日本史です。卒論のテーマは平家物語と慈円の愚管抄を比較する思想史でした。
日本における宗教のエポックをかいつまむと、宗教は歴史の転換期に現れることがわかる。平安時代の仏教は特権階級である貴族のものだったが、末法思想が広がる平安末期に、庶民を救済するための宗教が現れる。法然の説く浄土宗である。鎌倉時代には、法然の後継者である親鸞が浄土真宗を広め、室町時代に武士の間では禅宗が流行する。浄土宗、浄土真宗、日蓮宗などは鎌倉新仏教と呼ばれている。
戦国時代にキリスト教が渡来するが、江戸時代にはキリスト教を弾圧するために、寺請制度がとられる。民衆は、いずれかの寺を菩提寺と定めてその檀家となるので、これが現在の戸籍や住民調査の基礎となる。余談だが、江戸時代のこうした資料をもとに速水融の「歴史人口学」が生まれた。幕末には天理教などの新宗教が誕生。明治時代になり新政府は廃仏希釈、神仏分離を断行。現代の新興宗教は「新々宗教」と呼ばれている。
新聞において、宗教はタブーの領域である。最初にこのタブーに挑戦したのが毎日新聞。毎日新聞は1975年~1976年の1年以上にわたって『宗教を現代に問う』というタイトルで長期の連載を行っている。これは本になった。1975年は高度成長時代の最後の頃。経済が右肩あがりの時代だったから実現した企画であろう。
退職する前年の2007年に、宗教をテーマにした連載を企画したが実現しなかった。2007年はサブプライム問題に端を発する世界同時不況が起こった年である。大事な広告主である宗教法人を批判するような企画は通らなかった。
連載の準備段階では、1000軒ほどのお寺にアンケートを実施する予定だった。質問項目は、檀家の数、その数の変化、葬式の数、自然葬に対する意見、お布施の額、水子供養やペット供養の現実などである。文化庁の「宗教年鑑」によると、教団の申告による信者の数は、日本の人口の1.7倍にもなる。初詣には神社に行く一方、お盆にはお墓参りをする日本人だが、身内だけの葬儀が増え、散骨がブームになり墓はいらないという人が増えている。こうした宗教を取り巻く環境の変化や、宗教問題に切り込みたかった。
一般の人が葬送に疑問を持つのは、お布施の曖昧さもその理由の一つだろう。戒名は格に応じて値段が違うのも理解しがたい。会社であれば経営状態は株主に公開されるが、宗教法人の場合は完全に不透明。しかも宗教活動は非課税である。収益事業である駐車場の経営でさえ、民間企業より税率が低い。現在、消費税の増税が議論されているが、その前にやるべきことがある。宗教法人への課税である。学校法人も様々な優遇措置があるが、収益事業に対しては、民間企業と同様に課税すべきだ。
オウム真理教の事件が発生し、宗教法人法が改正、厳しくなった。宗教法人の所轄庁は都道府県知事だが、複数県にまたがる場合は文化庁だ。改正時には、京都の仏教会は反発をし、書類の提出さえ拒んだ。
最初の話題提供の部分は以上である。その後の座談会はいつもよりみなさんの発言が多く、質問が相次いだが、永井さんは一つ一つの質問に丁寧にお答え下さった。2次会にも0時までお付き合い下さった。お酒が入ってからのお話も興味深かったが、それはまた別の機会に書きたい。次の日に得度されるとお聞きしていたので少し深読みをして「人が宗教に出会うとき」というタイトルにしたが、得度はもっと軽やかなノリで決心されたということで、ジャーナリストとしての切り口で宗教のことを語って下さった。永井さん、ありがとうございました。