ニッポンの嘘 -報道カメラマン 福島菊次郎-|トーチカ通信|桃李舎一級建築事務所

トーチカ通信

[ 2012.09.02 ]本・映画・演劇・美術・音楽

ニッポンの嘘 -報道カメラマン 福島菊次郎-

1921年生まれの報道カメラマン、福島菊次郎。こんな人が日本にいたのかと衝撃を受けた。

2011年9月19日のさよなら原発集会。表参道をデモ行進する人々の前でシャッターを切る小柄な老人がいる。映画はそこから始まる。

そこから時代は1951年、原爆投下後のヒロシマに遡る。被爆者、中村杉松さんとの出会いが描かれる。中村さんは妻を原爆で失くし、6人の子供が残された。その中には近所で「もらい乳」を頼まなければいけない赤ちゃんもいる。夏。中村さんは暗い木造家屋の床の上で、小さな白い布を腰にまとっただけの裸で、凄まじい原爆症の苦しみに悶えながら、骨が浮き出た体を丸めている。「私の写真を撮ってくれ。ピカにやられてこのざまだ。死んでも死に切れない。仇をとってくれ」このうめきが、菊次郎さんの報道カメラマンの一生を決定づける。

トルーマン大統領の命令で発足した原爆傷害調査会。拒否する被爆者をピストルで追い立てて連行し、採血の上、何枚ものレントゲンで放射能を浴びせ、執拗に死体から臓器を取り出した調査結果はアメリカ軍の核開発の資料になった。アウシュビッツに匹敵する残虐な行為がモノクロのフィルムに焼き付けられていく。

安保闘争、三里塚闘争、東大安田講堂、水俣、ウーマンリブ、自衛隊と兵器産業、水俣病、瀬戸内海に浮かぶ祝島に突如持ち上がった原発建設反対運動。権力によって隠蔽された日本の暗部が、菊次郎さんによって暴かれ、カメラで記録されていく。どれも知っているが、気迫のこもった写真を見せられると、私は何を知っていたというのだと、審判を受けたような気持ちにさせられる。

昭和天皇の戦争責任を追及する菊次郎さんは、暴漢に襲われ、家も焼かれる。それでも、この国に見捨てられ、差別され、隠蔽されようとする人々の側に立ち、真実を伝えるためにシャッターを押し続ける。今、向き合うのはフクシマである。フクシマをヒロシマにしないために。

こう書けば、反骨精神にあふれた気難しい老人を思い浮かべられるかもしれないが、映画では、愛犬と暮らす日常生活を通して、チャーミングな人間性が描かれている。離婚後、3人の子供をひきとり育て上げた。国からの年金は拒否し、愛犬とご飯を分け合って、小さな家で暮らす静かな時間がありのまま描かれている。

若い頃はモテたんだろうな・・と、ふと思った矢先に次の場面になった。

1982年、菊次郎さん、61才のとき。保守化した日本に嫌気がさして、一人で無人島に移住する。東京から一人の年下の女性が追ってくる。素顔のきれいな紗英子さん。二人は自給自足の生活を始める。貧乏暮らしが続くある日、口論になる。「無理をしないで、生活保護を受けたらいいじゃないの、国民の権利よ」という彼女の言葉に、「この国を攻撃しながら、この国から保護を受けると本気で思ってるのか。君は僕といっしょに暮らす資格がない」と、「大鉈をふるうように」、紗映子さんに別れを宣告し、島から追い出してしまう。

その後、若くして病死した紗英江さんを想って、海に花を流す菊次郎。映画の中で唯一、彼を一人の男性としてリアルに感じた場面だった。えてしてこうである。「こういう男を好きになったらつらいね、でも魅かれるんだよね」と、微笑む紗英江さんの写真を見ながら思った。

ぜひ、観てください。広島平和記念公園が急に不気味に見えてきます。
http://bitters.co.jp/nipponnouso/
監督:長谷川三郎、撮影:山崎裕、プロデューサー:橋本佳子 2012年製作。114分。
テアトル梅田。