生物多様性のこと@丹波の里山 (中)|トーチカ通信|桃李舎一級建築事務所|大阪の建築構造設計事務所

トーチカ通信

[ 2013.01.20 ]森・里・海

生物多様性のこと@丹波の里山 (中)

平地から、山に分け入っていくと、原生林に近い場所があらわれる。宮川さんは、歩きながら、目に見えるもの、聞こえるもの、匂い、感触をゆっくりとした口調で教えてくれる。言葉が適確で、心地よく耳に届く。とても柔らかい知性を備えた人だ。

「これをそっと触ってみてください」といわれた。キノコである。風船のように柔らかい。雨だれが命中すると、穴から胞子が噴き出すのだそうだ。ポンと指先で叩くと、てっぺんから胞子が煙のように噴き出した。「土栗」と教わったが、たぶん前のキノコのワークショップで習った「けむり茸」と同じだ。

静かな森の中で、雨だれに打たれ、煙になるキノコ。そのひそやかな情景を想像したときに、森に潜む無数の生命の気配をいっせいに感じた。五感が敏感になって、違う次元にワープしたような不思議な感覚だった。

宮川さんが立ち止まって、耳を澄ます。私たちも立ち止って真似をする。森の中を抜ける風の音が聞こえる。「ここは45分に1回、鳥の群れが通る、鳥の道なんです」と宮川さん。その向こうに小さな陽だまりがあって、タイミングが合えば、休憩している鳥たちのさえずりが聞こえるのだそうだ。人間にとって、居心地がいいところは鳥にとっても同じらしい。落葉樹の森は虫が多いので、棲みやすいのだろう。

面白いのは、鳥の群れは、一種類ではなく、何種類かでいっしょに移動するということだ。鳥の種類によって視野や聴覚が違うので、えさや敵の発見が早くできるのだろう。種別が違っても、鳴き声でコミュニケーションができるとは、人間より優れている。宮川さんが好きだという「黒つぐみ」はどんな声でさえずるのだろう。

「足の踏み心地の違いも感じて下さい」と声がかかる。スギは枝ごと落ちるので、立体的に重なるため、ふわふわと柔らかい。地表との隙間に、キノコを作る菌がスギについて腐らせていく。ヒノキの葉は1~2㎜のウロコ状で、それが一つずつポロポロ落ちて積もる。腐りにくいので、水に流され、土壌が薄くなる。だから歩く地面は硬く感じる。

ここは氷上回廊と呼ばれる南北に長い低地帯である。本州の内陸部には背骨のように、 1000~2000m級の山々が連なって、日本海側と太平洋側を分断している。ところがここは奇跡的に山が低く、標高わずか95mで背骨をまたぐことができる。「この特殊な地形によって、雪国と南国の気候が出会い、生命が不思議に入り混じり、 豊かな文化と歴史が培われてきた」という解説がある。細い道を黙々と行きかう、動物の姿が浮かんだ。

木や草の名前を教えてもらい、違いがわかってくると、一気に自分が包まれている風景の情報量が増え、楽しくなってくる。木に囲まれていると、からだや感情が、自然体になり、エネルギーが満ちてくる。