森は海の恋人/森里海連携学と復興 (終わり)|トーチカ通信|桃李舎一級建築事務所

トーチカ通信

[ 2013.01.30 ]森・里・海

森は海の恋人/森里海連携学と復興 (終わり)

ここからは、東日本大震災の話である。森は海の恋人運動発祥の地、気仙沼舞根湾で、森は海の恋人の理念に基づく、復興への取り組みが始まっている。

巨大地震と津波は沿岸部の地盤を大きく沈下させた。気仙沼舞根湾の地盤沈下は、ほぼ70cmにも及ぶという。岸辺の低地は湿地と化し、海水が流れ込んで、ボラの稚魚たちが泳ぎまわっている。

ところがこれらの低地の多くは、かつては干潟や砂浜などの海であり、漁村の人々の心の拠り所であった。この地震を契機に、自然は元に戻ろうとしていると田中先生はいわれる。「ここを再び、コンクリートの堤防を築いて陸化するのではなく、本来の湿地や干潟に戻すことこそ、大震災の教訓を生かした復興の本道であろう」と力を込められる。

「気仙沼舞根湾調査研究チーム」というボランティアのチームが発足し、この湾を自然再生のモデルフィールドに定め、関係分野の研究者、住民、NPO組織の協力のもとに、湿地や干潟の生態系の調査を行っている。すでに、干潟に戻りつつある場所ではアサリの稚貝が生息し始めている。激減しているアサリが干潟の再生とともに復活した因果関係がわかれば、インパクトは大きいという。

「かつて海で生まれた最初の脊椎動物である魚類から進化した生き物が、陸上へ生活圏を求めて通ったであろう渚域をコンクリートで固めるのでなく、“昔のように”元の陸域と連続性のある姿に変えることこそ大震災からの真の復興に求められる」

舞根地区の人々は、もう一度、「海と共に生きる」ことを願っているが、もはや低地で暮らす気持ちにはなれず、“海の見える”高台に集団で移住することをいち早く決めているという。舞根湾には防波堤に頼らずに、海と共に生きる未来構想が展望されている。

舞根地区の取り組みには国内外から多くの支援が寄せられている。フランスのルイ・ヴィトン社は、牡蠣の養殖場の再建と森は海の恋人運動への支援を行っている。世界的な関心の高さは、国際森林年にあたり、国際連合が選ぶ世界の「フォレスト・ヒーローズ」の一人に、アジア地区を代表して畠山さん(上の写真)が選ばれたことに象徴される。世界の森の英雄に海の漁師を選んだのである。

論文の最後に田中先生は西日本が東日本をどのように支えるかということを、次のように書かれている。「経済的支援や、現地でのボランティア活動を超えて、それぞれの地方で、森里海連関的社会の再構築を進めることが、三陸との共有となり、それこそ今後求められる持続的な支援の在り方の重要な柱の一つに違いない」

このブログを書くにあたって、NPOのHPを見ると気仙沼市全域での巨大防潮堤建設の推進を市長が明言したことが、緊急報告されていた。住民の意志が尊重されることを切に願っている。http://www.mori-umi.org/

安倍内閣は11年ぶりに防衛費を増やした。昨日の国会での所信表明では原発への言及はなかった。日々考えることは多いけど、あきらめずに、やれることをやっていこうと思っている。