半栽培の環境社会学-これからの人と自然 (その3)|トーチカ通信|桃李舎一級建築事務所

トーチカ通信

[ 2013.02.11 ]森・里・海

半栽培の環境社会学-これからの人と自然 (その3)

本書は9人の執筆者によって書かれているが、ヨシ、竹、きのこなど、どの事例も半栽培の植物を利用し、管理するルールが共同体のしくみとどう関係しているかというところに重点が置かれている。

半栽培のわかりやすい例は、北上川河口や琵琶湖のヨシである。水辺に自生しているので野生ともいえるが、ヨシを利用するために、人の手で刈り取ることで維持管理がされているという意味では半栽培の植物だ。

集落ごとに解禁日を決め、各世帯から作業者は一人とし、朝から「よ~いどん」で刈り取るルールはのどかな風物詩である。刈ったヨシは海苔を乾燥するときの「すのこ」や、屋根葺き材、土壁用に売却されて、農閑期の主要な収入源の一つになった。時代の変化とともに、「契約講」という生活互助の自治組織で、ヨシ原を共有財産に位置づけるというように、管理のしくみに変化も現れてくる。そのような歴史がどの章も丁寧に書かれている。

編者の宮内泰介氏は環境社会学が専門である。「半栽培」のローカルルールに着目し、自然と人間とのかかわりは、「上からタイトな制度を作ったり、精緻なモデルを作ったりするのではなく、地域ごとのボトムアップで柔軟なしくみを作ることの必要性」を説く。

また、東洋文化が専門の菅豊氏は「半」の思想を語る。「半」は「全」に対する「不完全」な状態という意味で、往々にして否定的に扱われてきたが、今こそ「半」の思想が必要であると。たとえば「所有」という権利について。不完全で割り切れないあいまいな前近代的な所有観が、近代的な所有観に変わり、厳格な所有観が非人間的な状況をつくる事例を紹介している。

わかりやすい事例では、水田の稲は所有者に帰属するが、その田んぼにいる魚は誰がとってもいいという慣習がある。「所有」という枠組みからこぼれ落ちる、あるいはお目こぼしを受けるこの「半」所有という考え方について、菅氏は、「半」を過剰に美化するべきではないが、「半」を享受し、楽しみ、「半」によって救われた人々が存在したと書いている。