水俣への旅を終えて|トーチカ通信|桃李舎一級建築事務所

トーチカ通信

[ 2013.04.14 ]森・里・海

水俣への旅を終えて

水俣への旅というタイトルで書き始めた旅のレポートが、これほど長くなると思わなかった。水俣に行ったのは3月10日なので、それから1ヶ月、仕事も忙しく、日々色んなことがあったけれど、この連載が終わらないので、いつまでも旅の途中にいたような気がする。不思議な1ヶ月だった。

石牟礼道子さんにお会いするという、旅の終点に大きな約束があったから、行く前からすでに旅のモチベーションが高かった。海を見ているときも、水俣病資料館にいるときも、漁港を歩いているときも、丁寧に五感を開放していた気がする。

石牟礼さんの『苦海浄土』を読まなかったら、この旅には出かけていなかった。10年ぶりにこの本を読んで、「言葉」の力に圧倒された。東北の大震災以降、どんな言葉も虚しく感じるときがあり、伝えたい言葉を探しても見つからず、見つけたと思っても伝わらず、言葉に絶望したときがある。「言葉なんか覚えるんじゃなかった」というのはある詩人の言葉であるけれど、いっそ喋らないでいることができたら・・と思ったこともある。しかしそれは違うと思った。「絶望」という言葉を使えるほど真剣に言葉と格闘していなかったことに気づいた。

石牟礼さんは浄瑠璃の語りのように「苦海浄土」を書かれた。もともとは詩人である。その人の前で、私はもう一度、言葉の力を信じようと思った。だから、石牟礼さんに「自分自身のために、お会いで来てよかったと思いました。勇気を出してやって来てよかったです」と言った。何のことか、わからないと思われたと思うけれど。石牟礼さんは、「勇気?勇気なんていりますか?私は怖くありませんよ」とおっしゃった。

石牟礼さんは柔らかく、上品なユーモアのある方だった。たった1時間お会いしただけでわかったような気になって書きたくないのでやめておくけれど、お会いできてほんとうによかった。会ってくださったことを心から感謝している。

ブログを何のために書いているのかなと時々考える。こんなに自分をあらわにして何をやっているのかなって。最初は、会いたくても会えない人に、消息を伝えるつもりで書き始めた。元気でやっていますということを伝えたくて。でも今は、それもあるけれど、それだけではない。どこかの知らない誰かさんが、何かのきっかけで、このブログを開いてくださって、たとえば「へーっ、水俣の海か」と、一瞬でも遠く離れた小さな海で起こったことに思いをはせてもらえたら、それだけで書く意味があると思えるのだ。