木村正樹作品展 GLOBE Ⅳ@トーチカ (その3)|トーチカ通信|桃李舎一級建築事務所

トーチカ通信

[ 2013.06.04 ]トーチカのイベント

木村正樹作品展 GLOBE Ⅳ@トーチカ (その3)

三重県からは「原発おことわり三重の会」代表の林琉昇さんご夫妻が来られた。(下の写真の右2人) 東京から三重に移住されたのだと聞く。林さんと木村さんは大学時代の「現代史研究会」の仲間だとか。続いて、神戸看護大学でフランス哲学を教える松葉祥一さんと永井美由紀さんが一緒に来られた。みなさん木村さんのつながりである。永井さんは、市民運動と警察の衝突によって出た被逮捕者や負傷者の救援活動をされている。救援の仕事が忙しいようで、しょっちゅう携帯が鳴っていた。この一角には、70年代の空気が漂っていた。下の写真の左が木村さん。

日曜日の夜には大正区の三原さんと、日本語研究者の泉原さんも来てくださって、日本語と中国の歴史にまつわる深い話は深夜2時まで及んだ。麻子さんは、木村さんが秋田では無口なのに、ここでは別人のようによく話しているといって驚いている。ホント?と聞くと、「だってこんな話、秋田ではできないもの」だそうだ。熱心に話す木村さんを、麻子さんが目をキラキラさせて見つめている。

最終日は、菅家克子さんが、建築家仲間で運営している『東北の手しごと展』の面々を引き連れてやってきた。手仕事展の支柱であり、東北で支援活動をされている風の布パピヨンの斉藤さんも一緒だった。いつの間にか、ものすごい人数になっている。ふと見ると、大きなテーブルで紙を広げて、今秋の、手しごと展の打ち合わせをしている。ちょうどメンバーがそろってるから、今やろか・・ということだろう。こんなところが私が好きな大阪の女たちのおおらかさだ。どーんと重心が低く、パワーがあるけど、どこかおかしみがある。

夜になって勝手に酒盛りが始まっている。木村さん、原田さん、建築家の窪添さん、奈良の土山さんが肴を買ってきて、高橋和己や埴谷雄高の話で熱くなっている。とても全員初対面と思えない。私はついていけないので、カップラーメンのお湯を沸かしたり、母が作ってくれた夜食を運んだ。カップ麺をすすりながら、私が水俣メモリアルのコンペの話をすると、窪添さんが、「佳作に選ばれて表彰式に出ました」という。有無を言わさず、次回の地下発電所に来てもらうことにした。みんな繋がっていく。

木村さんは、「100回、よそでしたとしても、トーチカのこの1回の方が、価値がある」と言ってくれた。お金も無いし、ご高齢の家族を残して1週間家をあけるのは、清水の舞台から飛び降りる決断だったらしいが、こんな風に思ってもらえて嬉しい。

会期中の1週間(展覧会は4日間)は、祝祭の日々だった。毎晩、寝不足でふらふらになった。とても書ききれないが、たくさんの方が来られて、それぞれにエピソードがある。