中世に出会う会|トーチカ通信|桃李舎一級建築事務所

トーチカ通信

[ 2013.08.24 ]トーチカのイベント

中世に出会う会

少し時間を巻き戻して、5月のある夜のことを書きたい。木村正樹さんからトーチカで作品展をやりたいという依頼があって、スケジュール表を見たとき、会期中のある日の夕方は、「中世に出会う会」という別のグループの勉強会に、トーチカを貸す約束をしていた。両者を思い浮かべて、うまくいきそうな気がしたので、勉強会の会場代をタダにする代わりに、展覧会のお客さんにも参加させてもらえないか頼むと、両者から気持ちよくOKが出た。

「中世に出会う会」は、ここで何度か紹介している「空堀ことば塾」の塙狼星さんと、「天然酵母パン・楽童」の松永節さんが世話役で、メンバーの一人である建築家の浅野大輔さんの依頼で、2ヶ月に1回、トーチカを提供している。講師は上島享さん。この春から京都大学に准教授で赴任されている日本の中世史の研究者である。展覧会側からは、5人参加させてもらった。

この日のテーマは中世の「書状」の書き方。最初は「私信」の一般的な形。先生は、まず、みんなで書状を読んでみましょうとおっしゃった。高校時代、古文は大の苦手だったので、この日もやっぱりお手上げ。上島先生がつらつらと音読して下さっても眠りを誘う呪文のように聞こえてしまう。でも、それをこの写真のように、折りたたんで手紙の形にする作業は面白かった。

書状は本文を書く「本紙」と、礼儀として後ろにつける白紙の「礼紙」、それを包んで封をする「封紙」の3紙で構成される。現代の手紙のマナーが、平安末期に確立していることに驚いた。礼紙もそうだが、「私儀」のように自分を表す言葉は、行の下の方にへりくだって書き、上皇などの目上の人の名前は、改行して行の頭に書くとか、日付や花押(サイン)の位置など、細かいルールが決められていて、それがほとんど現代と同じなのだ。

重要な「公文書」は紙一枚で書き切り、礼紙と封紙はつけない。(写真 右) これは、現代の賞状と同じである。私信は行書、公文書は楷書で書く。当時の政府の意思決定通知を読んでいると、日本の文書主義の原型がそこにあることがわかる。さかのぼれば、起源は8世紀初頭、大宝律令である。

このような機会がなければ、時代劇で見るような手紙を自分で折ることなんて、きっとなかった。不思議だったのは、折ったり包んだりする所作を通して、当時の人々の身体感覚を感じることができたことだ。遠い人との連帯や共感は、何でもないこんな具体的な体験から始まるのかもしれないと思った。

「中世に出会う会」は、ただの歴史好きの集まりではない。前回のテーマは「空也」で、もともとは「天皇制」の起源を学びたいということから始まったらしい。歴史を学びながら現在の社会を少しでもよくするためにどうすればいいかを考える。そんな皆さんに共感して、トーチカを提供している。オーナーの特権で勉強会に参加させてもらった上、天然酵母のパンや、丁寧に育てたおいしいキャベツを差し入れてもらって、とても幸せだ。