映画 日本国憲法 (その2)|トーチカ通信|桃李舎一級建築事務所

トーチカ通信

[ 2013.09.15 ]憲法・平和

映画 日本国憲法 (その2)

ベアテ・シロタ・ゴードンは少女時代を日本で過ごし、その後渡米。1945年にGHQ民生局に職を得て再来日。憲法作成に携わる。

「マッカーサーの命令で、1週間で新しい日本にふさわしい憲法の草案を作るのが任務でした。極秘会議で発表を聞いて、みんな驚きました。すぐにジープに乗って、図書館を探しました。他の国の憲法を見たかったからです。10冊くらい見つけました。ドイツ、ソ連、スカンジナビア諸国の憲法です。事務所に戻って、草案を考えているみんなに見せるとひっぱりだこになりました。私たちは1週間、朝から晩まで勉強しました」

「ヨーロッパの憲法には、基本的な自由だけでなく、女性の権利や、社会福祉の権利も入っていました。アメリカの憲法にはないのに、ヨーロッパの憲法にはずいぶんあったんです。戦前の日本の社会を考えて、できるだけいろんな権利を憲法に書きたいと思いました。
2~3ページくらい自由に書きましたが、24条しか残りませんでした。でも24条は、日本の社会に大きな影響を与えました」

「日本人も、社会党や日本憲法研究会が草案を書いていました。私たちはそれを見ました。だからそんな意見も頭に入っていたんですね」

ジョン・ダワーはいう。
「マッカーサーの憲法であるのは事実ですが、日本政府の意見も入れ、国会でも熱い審議を重ね、国民からは大きな関心と支持を得て誕生したのが、日本国憲法です」

日高六郎の言葉に力がこもる。
「憲法9条というのは、新聞でも、一般市民にも非常に好感というかな、共鳴を持って迎えられた。現実的にはね、あれを見た瞬間ね、だいたいの市民は『ああこれで我々は二度と戦争を体験しないですむ、そういう国になったんだ』そういう安心感、それは強烈にあったと思うね」

「9条は国際的な意味を持っていたわけですね。日本人はそのときは、実感的によくわかってなかったと思うね。だけど国際的にはあれは、加害国、侵略国としての日本が日本の今後のあり方を、国際的に誓った、特にアジアの民衆に誓ったということだと思うんですね」

チャルマーズ・ジョンソンはアジア政治学者、元CIA顧問。東アジア圏におけるアメリカの帝国主義的政策は必ず報復をうけると分析した著書『アメリカ帝国への報復』がある。

「日本は戦後ドイツが行ったような謝罪をしていません。でも、私は日本は謝罪したと思います。憲法9条こそが謝罪だったのです。9条を破棄することは、謝罪を破棄することです」

韓洪九は歴史学者で聖公会大学教授。アジアの人々の気持ちを代弁する。
「過去に戦争を起こした日本は、今もその過去と断絶していないのではないか、と不安を抱きながらも、不安を抑えられたのは日本に平和憲法があったからです。9条は日本に対する深い不信感を和らげていました。日本国憲法の崩壊は、韓国、北朝鮮、中国、ロシアの軍備増強を招くでしょう。たとえ自衛隊が自衛軍にとどまったとしても、他国に多大な心理的影響を与えます」