第28回地下発電所 映画 『日本国憲法』 (下)|トーチカ通信|桃李舎一級建築事務所

トーチカ通信

[ 2013.09.22 ]地下発電所

第28回地下発電所 映画 『日本国憲法』 (下)

いつも以上に議論が白熱し、いつになく世代間のギャップを感じた会になった。40代の冷静さに対して、60代の安保世代が熱かった。参加者はこの映画に関心があって集まっているので、憲法改正については反対の意見が圧倒的だと思っていたが、そうでもなかったので、焦る気持ちがあった。地下発電所では、いろんな人が自由に発言し、意見の多様性に気付くことを目指しているが、オーナーシップを発揮して、ある程度の議論の誘導はすべきではないかという葛藤を抱えて、しんどかった。

私は50代なので戦争体験は無いが、焼け跡や闇市の空気が残る時代に育っているし、祖父母や両親から戦争の話は聞かされている。戦争の話は怖くて、夢にまで出てきた。友人によると、子どもの頃に傷痍軍人を見たことがあるかどうかの差は大きいという。そう、白い服で、黒めがねをかけた人が弾くアコーデオンの音が、子どもの頃は怖かった。聴くと悲しくなった。祖母が必ず、お金を缶の中にそっと入れていたのを思い出す。

だから、小学校の2年生のときに、担任の先生から、「憲法があるから日本は2度と戦争をしません」と聞いたときは、ものすごく嬉しくて、安心した。そのときの教室の情景は、自分が座っていた席や、光の感じまで思い出すことができる。それが敗戦の直後であれば、新しい憲法はどれだけの歓喜でもって迎えられたことか。その原点は忘れてはいけないと思う。日本の平和憲法は世界の理想である。アジアに対する謝罪と友好の宣言となる憲法は絶対に手放してはいけないと思っている。

3回にわたって、長々と「映画日本国憲法」の言葉を引用したのは、全面的に支持するからである。「現実的になれ」ということは、30年前の原発反対の議論の際にも言われたことだ。コピーやクーラーの無い暮らしが現実的かどうか、と。そうして「現実的」になった結果が福島の原発事故である。

憲法9条に対して、現実的になれということは、ダグラス・ラミスが言うように、20世紀の戦争の現実を見据えることである。9条があることで、今のところ日本人は国家交戦権のもとでは、一人の人間も殺していないし、一人も殺されていない。軍隊を持つ普通の国になるということは、人を殺せる国になるということだ。

今の沖縄の基地の現実を私たちはどれほど知っているだろう。憲法は沖縄を見て議論すべきだ。基地の実態を見て、アメリカと日本の関係をあらためて考えてほしい。今上映中の映画『標的の村』を見て下さい。