トーチカができるまでのこと (その10)|トーチカ通信|桃李舎一級建築事務所

トーチカ通信

[ 2012.03.19 ]トーチカができるまでのこと

トーチカができるまでのこと (その10)

昨年の4月2日に、1泊2日で高知県に行った。j.Podのリブフレームを製作してもらっている製材所で打ち合わせがあったからだ。モータープールに置くj.Podと仕上げ材の相談もできるのでちょうどいいタイミングだった。

その頃の大阪は、震災の自粛ムードの中にあった。日本の経済活動を停滞させないためには、がんばって働き、どんどん消費活動を行う方がいいとわかっていても、喪に服しているという気分があった。飲み会もあるにはあったが、言い訳しながら飲んでいるようなところがあって、あまり楽しめなかった。

高知の海や山は、暖かい春の陽光のなかで、ぼーっと霞んでいた。やわらかな太陽の光の下で、コートを脱ぎ、春の風に吹かれていると、自粛ムードの都会生活で固まっていた身体から、ゆっくりと力が抜けていった。山桜もちらほら咲いていた。バスタブの中でゆっくり身体を伸ばしているような穏やかな幸福感が身体に満ちてくるようだった。

訪問先の佐川プレカットと吾川森林を支えるのは藤原富子さん。土佐のはちきんとはこういう人のことをいうのだろう。山に生涯を捧げておられる。大阪からやって来たことを、とても喜んでくださった。モータープールのj.Podの仕上げには国産のスギをたっぷり使うつもりだった。床に貼る30mmのスギ板と、外壁の仕上げに使う15mmのスギ板をj.Podのリブフレームと一緒に運んでもらうことにした。さね加工とプレーナー加工は施されている。(安くして頂いたので、ここに単価は書けないけど、個別に聞いていただければご紹介します。)床にこの30mmのスギを貼れば、断熱材はいらないと言われた。

藤原さんは、私の首もとを見て、そうそうと、何かを思い出して席を立たれた。そして「明るい色の方が顔が明るくみえるから」と、淡いピンクのスカーフを首にふわっと巻いてくださった。95歳でご健在のお母さんが、山で採った茜(あかね)で染められたのだという。地味な色の服が多いので、鏡を見ると、いつもより顔がやさしく見える。自然の恵みを喜んでいただいた。

高知の夜は長かった。みんなで春鰹を楽しみ、熱燗でいただく日本酒は甘かった。久しぶりに飲み過ぎた。こうして他の人より先に元気になり、がんばる力に換えればいいのだと思った。