
[ 2026.01.31 ]構造デザイン・建築
大学で建築を学ぶ学生に、構造設計者の仕事についてのレクチャーを頼まれことがある。建築家の仕事は想像できても、構造設計者のことは想像できないらしい。そういう依頼はできるだけ受けるようにしている。
先日は、構造の技術と創造力を使えば、社会の課題に対して、このような取り組み方ができるということを、自分の具体的な仕事を通して話した。今回は木をテーマに、森→木材→建築→街という流れで話を組み立てた。
最後の質問タイムに、このような質問があった。「桝田さんは、小さな建築で木を使われることが多いですが、木を使った建築が大型化や高層化していく現在の状況をどう思いますか?」
初めて受けた質問だったので、言葉を探しながら、ゆっくり話した。でも帰り支度をしているときに、あーっ、この話をすればよかったと思い出したことがある。
山本学治の建築論集である。その第2巻『造形と構造と』、第3巻『創造するこころ』は、大学で建築の構造のゼミに進み、構造設計を仕事にしようと決めた頃に出会った。彼が説く技術論や創造の場での構造家の設計姿勢や倫理観は、私の構造設計者としての土台になっている。

創造するこころ 山本学治著
第3巻の最後に収められている、絶筆となったエッセイのタイトルは、「大きな技術」と「小さな技術」である。
「大きな技術」は、「社会の上部構造とかかわり、大規模建設のなかで、最新の技術の進歩の可能性を主導するもの」で、「小さな技術」は、「その進歩を中小建築に吸収消化して、その利点を社会の底辺に浸透するもの」と定義されている。
そしてこう締めくくる。
「われわれが都市文明と機械文明を受け入れる以上、大きな技術の進歩の価値を認めることは当然である。けれどもそれ以上に大切なことは、大きな技術の進歩だけが現代社会全体の技術水準ではないことを明確化し、それが健全な姿で小さな技術を通じて、社会の底辺に普及する道程を見出すことであろう」
先の質問に戻れば、大手ゼネコンが先導する技術開発の成果は、関西万博の大断面集成材を使った大屋根リングや、高層木造オフィスにおけるCLTという新しい木質材料の使われ方に見ることができる。

関西万博大屋根リング
桃李舎はさまざまな機会を利用して、「大きな技術」を学んでいる。そして活動のフィールドでは、それを「小さな技術」に落とし込んで、創造の可能性を広げている。
たとえば、土壁を塗った日本の伝統的な木造家屋は、大工が継承してきた伝統技術によるものだ。経験と勘で培われてきた技術を理論化し、合法化するために、超高層の振動理論を手計算でもできる形に落とし込んだ設計法を仲間と一緒に開発した。それは草の根的に広がって、多くの民家や文化財の保存に役立っている。建築史家の倉方さんは、「それは技術の翻訳ですね」と言われた。
私の立ち位置は「小さな技術」がある世界である。技術にヒエラルキーはない。「大きな技術」と「小さな技術」が健全な形で併存しているのが、成熟した社会だと思う。
こういう話を学生にしたかった。