ミャクミャクと日の丸|トーチカ通信|桃李舎一級建築事務所|大阪の建築構造設計事務所

トーチカ通信

[ 2026.01.10 ]憲法・平和

ミャクミャクと日の丸

前回の続きです。

年賀状を書くにあたって、一年を振り返ると、なんといっても、まずは関西万博だ。大阪の街にはミャクミャクのキャラクターやポスターがあふれていた。人と会えば、お天気の話をするように、「何回行った?」から万博話が始まった。通期パスを買えば、ちょっとした隙間時間、たとえば夜、仕事を終えてから、ふらっと行くこともできる。そんな風に、大阪の人たちは、地元開催の恩恵を受けて、このお祭りを楽しんでいた。

万博会場に容赦なく照り付けていた夏の日差しがだんだんと弱まって10月となり、万博は惜しまれて閉幕した。そんな祭りの余韻を吹き飛ばしたのが政権交代だった。新しい首相の演説で繰り返される「国家・国民のために」「強い日本を」というフレーズ。「国旗損壊罪」という、日本の国旗を侮辱する目的で損壊したら罪に問われる法律の制定とか、スパイ防止法など。聞くうちに、言いようのない暗鬱な気分になっていった。

年賀状の話に戻ると、2025年のトピックスは、万博と政権交代。ミャクミャクと日の丸か・・という連想で、食卓で裏紙に描いたのが、この「みゃくまる」だった。日の丸にミャクミャクの目をつけたら、これは国旗を侮辱していると言われるのだろうか。ハタと気づいて調べると、やっぱり。国旗と葉書の縦横比はほぼ同じで2:3だった。これで年賀状は「みゃくまる」で決まり。かわいいし、紅白はお正月らしい。

みゃくまるで、届けたい私のメッセ―ジを書こう。「国旗損壊罪」が守ろうとするものは、日の丸が象徴するものへの敬意、つまり愛国心である。愛国心は、強制や罰則によって、守るものでも、育まれるものでもない。それに、「国旗を侮辱する」という曖昧な動機を法律で取り締まろうとすると、法律を大義名分にして、きっと自警団のような人たちが現れる。人を非国民と決めつけ、敵意をもって非難する。それは日本がたどってきた戦争への、いつか来た道ではなかったか。

何か、とんでもないことが起こる前に、戦後の空気をぎりぎり知っている私たち世代が、食い止めないといけない。そのためにできることは、注意深く世の中を見つめ、よく考え、おかしいと思うことを言葉にすること。流されず、日々の営みを、自分がいる場所で、丁寧に続けること。「世界の中心で輝か」なくていい。今、ここで、これ以上悲しみを増やさず、微笑みが一つでも増えるような仕事をしていこう。

こんなことを、シンプルな言葉で年賀状にしようとしたのだけど、新年に希望を与える年賀状にはなりにくいからボツにした。それで続けて考えた二つ目のボツ案を、次回に紹介します。