『「プガジャ」の時代』 (終わり)|トーチカ通信|桃李舎一級建築事務所

トーチカ通信

[ 2012.06.25 ]本・映画・演劇・美術・音楽

『「プガジャ」の時代』 (終わり)

プガジャの創刊号 創刊の辞の編集のポイントの後半をそのままここに掲載する。

「プレイガイド・ジャーナル」の依拠する地点はもちろん関西、一地方としてあります。私たちは、代表したり、提案し総括し過ぎる、やたら饒舌なエリート文化ににはもはや用はありません。文化は(まま)表現活動は人々の立つ土地に根ざして、個々バラバラだがハイ・ポテンシャルで、いまあちこちに生まれつつあるのを眼のあたりにします。

それらを足で歩いて発見してゆくことこそ私たちの無上の喜びでありたいし、その人たちが自由にゆきかい、横のつながりを持ち、批評しあえる場としての雑誌にしたい。他方、バイタリティにあふれた地方文化そのものとして呼ばれる雑誌でこそありたい。

マスコミなどから無視され、おちこぼれ、評価基準もないままに決して人々の眼にもふれず闇の中にうごめく表現の試み、いわゆる<アングラ><ミニコミ><マイナー>などと呼ばれるものすべて。それはあまりにも規制秩序からはみで、しばしば危険であり、猥雑であったりします。又、それらは既成の表現をはげしく否定し、あらゆる表現が商品化されるなかで、かたくなに孤塁を守っています。

これら無名の表現を支持し、すでにあるものではなく、いまおこりつつあるものを支持し、それらの情報を最大限掲載することぬきにしては、私たちの仕事の意味はありません。なぜなら「プレイガイド・ジャーナル」も本質的に映画は?演劇は?音楽は?と問い続けている雑誌であるし、とりもなおさず私たちの基本的な姿勢でもあるからです。

1971年7月(創刊)号

『かつて大阪にプガジャという雑誌があった。そこには大阪が一番おもしろかった時代の息吹が確かにあった』という帯の言葉だが、今、また大阪はおもしろいと思う。NHK「カーネーション」の糸子の心意気で、がんばろうと思っている。