森は海の恋人/森里海連携学と復興 (その1)|トーチカ通信|桃李舎一級建築事務所

トーチカ通信

[ 2013.01.29 ]森・里・海

森は海の恋人/森里海連携学と復興 (その1)

1月15日のブログに書いたように、田中先生が、この論文を手紙をつけて送って下さった。手紙の日付は1月4日だった。年賀状を読んで、すぐに書いて下さったのだと思うと、論文を読みながら、長い手紙を読んでいるような気持ちになっていた。畠山重篤さんとの対談の記事も同封されていた。2つのテキストから言葉を抜粋し、お二人の活動を紹介したい。

2003年、京都大学に、「森・里・海のつながりを解明し、人々の自然とのつきあい方を考える統合的な学問領域」として、フィールド科学教育研究センターが発足した。その初代のセンター長が田中先生である。そのゼミ室を総長裁量で、j.Pod(木造のユニット工法)で作らせてもらったのが先生との出会いである。下の写真がゼミ室で、意匠設計は地球環境学堂の小林正美先生と小林広英先生である。

ゼミ室が完成した際には「森と都市の対話」というテーマでシンポジウムが開催された。
j.Podの開発は、地域材のスギを活用する、地産地消の木造システムを目指していた。
「都市」(木材を消費する側)での木材需要を拡大することが、「森」(生産側)での生産・供給を促し、森林を整備することにつながる。j.Podのコンセプトはフィールド研のテーマに合っていた。

田中先生の専門は、水産生物学である。河口域のヒラメやカレイ、有明海特産種の稚魚などの生理生態の研究に取り組み、その経験から、森から海までの多様なつながりとその再生を目的に「森里海連携学」を提唱されてきた。

一方、気仙沼で牡蠣の養殖漁業を営みながら、「NPO法人森は海の恋人」の理事長を務める畠山重篤(はたけやま・しげあつ)さんという方がおられる。牡蠣は川と海の水が混じり合う河口が漁場。30年ほど前に、牡蠣の育ちが悪くなったとき、原因がそこに流れ込む川にあることに気づき、川の上流の山で、漁民による広葉樹の植林運動を開始された。それが25年にわたる「海は森の恋人運動」の始まりである。今年の6月に第25回「森は海の恋人植樹祭」が開催される。これまでに植えた木は3万本以上になると聞いている。

田中先生と畠山さんは2003年に出会い、一緒に活動されてきた。