8月15日に考えたこと|トーチカ通信|桃李舎一級建築事務所

トーチカ通信

[ 2014.08.16 ]憲法・平和

8月15日に考えたこと

2日前、ノルウェーの宣教師が我が家に泊まられた。晩ご飯のときに時節柄、戦争の話になり、ノルウェーの終戦はいつですか?と聞いたところ、「6月10日、ドイツ軍に降伏し、占領されました」という答えが返ってきた。それからフィヨルドの岩陰がUボートを潜ませるのに都合がよかったとかいう話に移っていったが、私は「降伏し、占領された」という言葉にしばらく捕らわれていた。

日本人に同じ質問をして、「8月15日、連合国軍に降伏し、占領されました」と答える人がどれだけいるだろう。私自身、事実認識はあっても、こうは答えない。8月15日を「敗戦」ではなく「終戦」記念日としたことで、私自身にもイメージの刷り込みがされていることに気づかされた。

玉音放送の全文をネットで調べてみた。「降伏」という言葉はなく、「時局ヲ収拾セムト欲シ」「其ノ共同宣言を受諾」とある。肉声をYouTubeで聞いたが、原文を読んだ上でも、目を閉じて聞けば、ほとんど意味を取れなかった。当時の人たちも、なんとなく日本は負けたらしく、なんとなく戦争は終ったらしいということを言葉の印象で感じただけのはずだ。この宣言文が「戦後」の始まりとして、とても象徴的であることに、いまさらながら気づいた。

昨年の今頃読んだ、白井聡の『永続敗戦論』は、原発事故に象徴的な、誰も責任を取らない現在の日本の在りようは、負けるとわかった戦争に突き進み、その責任を誰も取らなかった戦後処理と同じではないかというところから始まる。そんな日本の体質は、「終戦」という言葉であやふやにしたように、日本が敗戦を否認し続けているために、敗戦を招いた戦前的なものが今も残っていて、日本は本質的なところで変われなかったという論旨である。

敗戦を否認し続けてきたということで、納得できることがある。閣僚の靖国参拝、従軍慰安婦問題への対応、アジア諸国への謝罪のあいまいさ、ヘイトスピーチ。敗戦を否認できた理由は、戦後の経済成長である。諸外国、特にアジアの情況に日本の繁栄を比較して、負けてないかも・・という意識が国民の中にも広がっていったと想像できる。それと、対米従属である。勝ち組の米国に従属することで、敗戦を認めずにいられたという説明も納得できる。

ノルウェーが降伏したのは1940年。日本は45年。戦争が長引いたのは国体を維持しつつ降参する幕引きを目論んだからで、その国体とは天皇制である。そして結果的にアメリカの赦しの元で維持された保守政治である。保守政治の始まりが、占領期のアメリカによる間接統治なので、対米従属になるのは当然である。アメリカの庇護のもとで、利権や省益などの自己保身に成功した、「負けなかった」パワーエリートが、自己保身を続けるために、今も理解不可能な対米従属の政策をとるのはそこに起因するということもわかってくる。

白井氏は、その著書の最後に、戦争責任をめぐる論点は目新しいものではないが、必要なことは、新しさではなく、「まっとうな声」を一人でも多くの人があげないといけないという思いで執筆したと書いている。

戦犯の三世が率いる政権の元で、戦前回帰する政策を許さないためには、安直な報道に振り回されることなく、自ら情報の取捨選択をできるように勉強しなくてはならない。あきらめず、お互いに情報交換、いたしましょう。よろしくお願いします。