[ 2016.01.07 ]未分類
年の瀬は事務所と一軒おいて隣の自宅を慌ただしく往復しながら過ごした。母がいない2度目の年の瀬である。父は耳が遠くなったので、玄関のベルが聞こえない。自宅に宅配や来客がある場合は、まず事務所に来られるので、自ずと行ったり来たりになる。
ある日、新巻鮭が届いた。友人は「昭和の風物詩!いいねぇ」と言うが、流しの上に横たわるぬるりと黒い大きな鮭を見て、「この私にどーせーと?」と、への字に口を結んだ鮭の顔を見つめた。なんとか父と二人で捌いて、一息ついたと思ったら、今度は玄関に大工さんから野菜がどーんと届いた。毎年、無農薬の畑で作ったおいしい野菜を届けて下さるのだ。引き抜いたばかりの大きな大根は葉がたっぷり繁り、土のついた人参も葉がふさふさしている。白菜はごろりと重く、白ねぎとブロッコリーもどっさり。これも仕分けして、ご近所にお裾分けした。とっても有難いが、どちらも力仕事でくたくたになった。
年賀状は、一昨年、教会の牧師の娘さんが住所録をデータ化して下さったので、29日に事務所で宛名を刷りながら、夜中まで家の大掃除をしていた。拭き掃除をしながら、年賀状の文面と絵を考えていたが、アイデアが浮かばない。あんなこんなでくたくたで、何度も、あー母が生きてくれてたらなぁ・・と思いながら、事務所のプリンターに新しい葉書を差し込みに行った。
外に出ると夜の匂いがした。冷めたい空気が気持ちいい。空を見上げると、澄んだ夜空に白く冴えた月がひっそりと浮かんでいる。あたりはしーんと静かで、家と事務所の間に、誰も気づかない異次元の世界が広がっているようだった。
昨年のお正月は屠蘇風呂につかって年越しをし、『帝国の慰安婦』を読みながら眠りについた。1年が終わる頃に、水木しげると野坂昭如が相次いで亡くなり、悼む気持ちで『ラバウル戦記』と『火垂の墓』を読んだ。すると年の瀬の28日に従軍慰安婦問題で日韓合意というニュースが飛び込んできた。2015年は昭和史を復習するような1年だったと思いながら、大晦日に年賀状を作るとこうなった。
皆さま、昨年はお世話になりありがとうございました。
今年もどうぞよろしくお願い致します。