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トーチカ通信

[ 2012.02.07 ]本・映画・演劇・美術・音楽

密約

日曜ドラマ『運命の人』を見て、ディテールを復習したくなり、澤地久枝の『密約 外務省機密漏洩事件』を読み返した。

これは沖縄返還交渉の際に、アメリカが支払うはずの400万ドルを、日本政府が国民を欺いて、肩代わりするという「密約」をめぐる事件である。1972年、密約をスクープした毎日新聞政治部の西山記者と、情報提供者である外務省の女性事務官が国家機密漏洩事件で逮捕される。一斉に、言論の自由、報道の自由、知る権利の国家権力による侵害を訴える抗議行動が起こるが、佐藤栄作政権下の東京地検は、記者と事務官は「ひそかに情に通じ」云々という文言を起訴状に盛り込み、きわめて政治性の強い事件を、低俗な男女問題にすりかえて国民の目をそらせていく。

大島渚は「再び問題をすりかえてはいけない。言論の自由というような抽象的な問題に立ち戻ってはいけない。問題は佐藤内閣が私たちに何をしたかだ!」と毎日新聞に書いている。しかしマスコミ操作により事件の本質を見失った世論は、抗議の推進力を失い、西山記者弾劾に傾いていった。

澤地久枝は最初から最後まで裁判を傍聴し、政府が隠蔽したもの、国民が追及しきれなかったものを硬質な文章で書き進める。

2004年の暑い夏の日、中之島公会堂で「九条の会」の講演会があり、入りきれなかった私たちは、前の広場に座って、スピーカーから流れる声を聞いていた。講演が終わったあと、外の広場で座っていた私たちの前に、講演者の井上ひさし、小田実、澤地久枝が現れて、手を振った。澤地さんの声と話し方は、彼女の文章のように、かちっとしていたが、語尾に女らしい情感が漂い、会ってもっと好きになった。

密約問題は過去の事件ではない。沖縄米軍基地の問題も、原発の問題も、情報の開示という点で本質は同じだ。マスコミに操作されず、本質を見失わないこと。再読してよかった。