トーチカができるまでのこと (その6)|トーチカ通信|桃李舎一級建築事務所|大阪の建築構造設計事務所

トーチカ通信

[ 2012.03.05 ]トーチカができるまでのこと

トーチカができるまでのこと (その6)

トーチカ計画と同時に考えていたことがある。

このスレートの建物の2階が桃李舎である。向かって左の一軒おいて隣がトーチカという位置関係だ。戦前は3軒長屋だったらしい。戦争で焼けて、私が子供の頃は原っぱだったが昭和42年に父がモータープールを建てた。八幡フレームという山形ラーメンのシステム建築である。その一部を増築して2階を作ったところを事務所に使っている。

車は8台収容できるが、近所にコインパーキングが増えて、近年は3台しか入っていない。大阪市内で50坪の角地である。固定資産税が高く、税理士さんに有効活用を考えたら?と言われながら10年が経過していた。

ある日、同じ区内で自宅を仕事場にしている若手の建築家とお茶を飲んでいると、この近くで事務所を探していると言う。何気なく「このモータープールにj.Podでも置いて事務所にしたら?」と言うと、「えっ、いいんですか!」と身を乗り出した。j.Podは8年前から開発を続けている6畳が1ユニットの木造工法である。思いつきで話しているうちに、これはいいアイデアかもしれないと思えてきた。

結局彼はもうしばらく自宅にいることになったが、彼のようなベンチャーの需要はあるはずだ。6畳のPod(木製のユニット)をポンポンと2つ置いて、共同の流しとトイレを作り、軌道に乗ればバンガローのようにPodを1つずつ増やしていこう。1つのPodは小さいけれど、トーチカを打ち合わせスペースに使ってもらえばいいのだ!

桃李舎の内窓からは、モータープールを見下ろせる。小さな村を眺めながら仕事をするという想像は楽しかった。スレートの屋根の一部を透明にし、ソーラーパネルを置いて自家発電をすれば、パソコンと蛍光灯の電力ぐらいはまかなえる。よし、トーチカと一緒に着工しよう!モータープールの中で、酒盛りといういのもいいな・・。夢を膨らませながらプランをスケッチしていた。3月8日。震災の3日前である。