トーチカ民芸展の顛末 (その3)|トーチカ通信|桃李舎一級建築事務所

トーチカ通信

[ 2012.05.19 ]トーチカのイベント

トーチカ民芸展の顛末 (その3)

10時の開店と同時に、お客さんが入って来られた。一桁違う値段の安さに驚いておられる。ほとんどが300円~1000円なのだ。平田さんは、ほんとはタダでもいいけど、そうすると大事にしてもらえないので、100円でもいいから買ってもらうのだといわれる。

平田さんにとっては、どれも愛着のあるものばかりだ。特に、音に反応して踊る操り人形の貴婦人は、一人の部屋で、どれ程いとおしい存在だったことか。やっぱり、あれは取っておきましょうか?と尋ねるのだが、「もうどれも自分は十分、楽しませてもらった」と、静かに微笑んでおられる。そして、もうこれで最後だとおっしゃるのだ。

「洋子さん、旅をして、いいなと思うものを買いなさい。たとえば5年後にまた民芸展を開いて売ればいい。美しいものを大切に使って、十分楽しんだら、次の人に渡す。そしてそのお金でまた買う。そうやって、美しいものを埋もれさせずに循環させる。無名の民衆や職人が、用のために丁寧に作ったものは、美しさが色褪せない。それを生活の中で使うことで、作った人のことがわかってくる。そして生活が豊かになる」

民芸のことが少しわかった気がした。たとえば専門の陶工ではなく、農民の手によって作られた壷。それは農閑期に作ったのかもしれないし、農作業ができない雨の日に、薄暗い土間で作ったのかもしれない。実用のために、頑丈一点張りで、へらで形を整えた跡もある。素朴な土の匂いがする気取りのない美しさ。日常生活で使うことで、作り手の行為を再発見できる。民芸品や骨董は、ガラスケースに入れて鑑賞するものではないのだ。

みなさんが楽しそうに品定めをしておられるのが嬉しい。でも、だんだんと売れていくのはさみしくもある。プチプチで包みながら、この親子のラクダの人形は、嶋田さんなら大事にしてもらえるな。・・このデコパージュは好きだった・・と、いろいろな感情がよぎる。

ところが、10個以上もあるこけし人形が一つも売れない。玄関の正面に並んでいるのだが、みなさん、「わぁ、懐かしい。珍しいねぇ」と言いながら素通りされる。とうとう最後まで売れ残ってしまった。

あっと言う間に終わった。日曜日の夕方、静かになったトーチカで、売れ残った品物を、一つずつ新聞紙に包んでダンボール箱に詰めていた。なぜかわからないけど、気持ちが沈んで動作がゆっくりになっていた。そのとき、玄関のチャイムが鳴った。