[ 2024.12.14 ]本・映画・演劇・美術・音楽
仕事が休みの土曜日の朝、薄曇りの空から霧のような雨が降っている。リビングで本を読んでいたら、いつもよりゆっくり寝ていた夫が起きてきて、ステレオのスイッチを入れた。さざ波のように繰り返すピアノのイントロに導かれて静かなトランペットが流れ始めた。久しぶりのマイルス・デイヴィス。アルバム『WORKIN‘』の一曲目の「It Never Entered My Mind」だ。冷えた空気を繊細に震わせながら広がるトランペットの音が、心の奥のやわらかなところを震わせて、温もりのある感情がこみ上げてくる。コーヒーを沸かしている夫に言う。「覚えていて。これから先、私が悲しんだり、機嫌が悪かったら、この曲をかけて。絶対に治るから」
しばらくするとチャイムが鳴った。あっ、今日は花屋さんの日だ。月に2回、大阪の南の方から、軽トラに朝摘みのお花をいっぱい載せて、花屋さんがやって来る。昔から母が欠かさず仏壇に供えるお花を買っていたので、私が引き継いだ。お元気だった花屋さんご夫婦も歳をとられ、奥さんが転んで骨折されたのを機に、息子さんの代になり、今はご主人だけが助手席に座ってやって来られる。ふと、愛らしいバラの束に目が留まった。「寒なってきたから、バラも出せるようになりました」と笑顔の息子さん。値段を聞くと5本もあるのに400円!ありがとうと言いながら2束わけてもらった。
寒いから、2週間前の仏壇のお花は傷んでいない。夫とばらして、赤いカーネーションは母の写真の前に。紫の小菊は猫と犬の写真の前に。残りの菊の花束はキッチンのテーブルに置いて、2つのうちの一つのバラの花束は、下で作業をしてもらっている花が好きな大工さんに持っていった。
大工さんに作業をしてもらっているというのは、実は桃李舎の移転計画が進行中なのだ。南海トラフ地震に備えて、遅まきながら、事務所に使っているモータープールを耐震補強することにした。補強工事は来年の予定で、一旦、事務所をトーチカの奥の部屋に移転する。そこは物置で、三方の壁いっぱいに、父が足場板で作った棚が回っていたのだが、A4のファイルを立てようとすると、あともうちょっとというところでどの段も高さが足りない。もともと食器やお鍋などの高さに合わせてあったから仕方がない。コピー機も置かないといけないし、泣く泣く、全部解体して作り直してもらうことにした。手間を承知で、元の足場板を使ってもらうことをお願いしたら、快く引き受けてもらえた。
今日の午後は二駅向こうの町にある「あんさんぶる」という小さなクラシック音楽喫茶で、仁井先生のクリスマスコンサートがある。落ち着いた木の意匠の、懐かしい昭和の空気が残るお店で、毎年、クリスマスコンサートが開催されてきた。2部構成で、第2部はみんなで賛美歌をたくさん歌えるのが嬉しい。ここで賛美歌を歌うと、今年もこの時期がやってきたなと、福音が告げられた喜びを感じるのだが、マスターも歳をとられて、このコンサートも今年で最後になるかもしれないと聞いている。息子さんの代になっても続けてもらえないかと願いつつ、今日は夫と参加する。歩いていこうかと話している。
この世界の中にあって、ささやかな暮らしが守られていることをしみじみと感謝する朝だ。