[ 2014.03.31 ]未分類
今日、私たちの町の井上医院が閉院した。以前、このブログでも紹介したことがあるが、井上和子先生は今年で90歳になられる。 http://tochikaima.exblog.jp/15380862/
私がこうして思いっきり働くことができるのは、歩いて1分のところに井上先生がいて下さるからだ。私のからだのことは誰よりも知って下さっている。いつかこんな日が来ることは覚悟していたが、生まれてから今日までお世話になってきた私は、迷子になったように心細い。
15年ほど前、胸の湿疹を診てもらっているときに、「あれっ」と言って胸に当てた手を止められた。精密診断を受けるように紹介された病院に行くと、そこの医師は触診ではわからず、超音波検査でその小さなしこりを発見した。乳腺が張っていただけで病気ではなかったが、湿疹の診察でそのしこりを見つけた井上先生に驚かれ、「いいホームドクターをおもちですね」とおっしゃった。
少々の風邪なら、私が仕事を休まないことをご存知なので、昼間は眠くならない薬を処方された。先生が「今日はすぐに家に帰って寝てください」と言われるときは、よっぽどのときなので言うことを聞いた。大抵半日眠れば治るので、病気で事務所を休んだことはほとんど無い。先生はさらにタフだ。診察室では年中、素足にサンダル。風邪で休まれたことはたぶん1日も無いと思う。
今までに2度、「更年期障害はいつぐらいにやってきますか?」と尋ねたことがある。2度とも、「洋子さんは更年期障害になりません」ときっぱりと言われた。暗示にかかったのか、何もなく元気に過ごしている。
先生は小児科と内科がご専門だが、小さな外科の手術もこなされた。この町の人々は、ケガをしても、捻挫をしても、蕁麻疹ができても、目が霞んでも、とにかく何かあったら井上先生のところに行くのだ。
医学に限らず、どの世界でも専門分野の細分化が進み、全体を見渡して、判断できる人が少なくなっている。町医者の道を選ばれた先生には、「専門外ですから」という逃げ道がない。常に勉強されていた。私は先生の1次診断や初期治療を通して、科学に携わる人間の社会での責任の果たし方を垣間見、不安をもった人に、どのように安心を与え、適切に用心させるかを学んだ。そして言葉が何よりの薬になることも。
夜、診察が終る頃に、バラの花束を抱えて診察室に入ると、嫁がれていた娘さんが帰っておられ、息子さんもいつもより早めに帰宅して一緒におられた。先生と一緒に写真を撮ってもらって握手をした。ときどき話をしに寄せてもらえませんかとお願いすると、「嬉しいわ」と言って下さった。学びたいことは今だからこそある。井上和子先生、これまで本当にありがとうございました。これからも私のよき師でいてください。